フーウェルナージュの詩


ずっとずっと、 遙かな昔。
風乙女たちが梢をゆらし 木の精たちと語り合う 光あふれる森の中。
フーウェルナージュの木があった。

フーウェルナージュは心をもつ木。
森で一番小鳥に好かれる 心優しい木の精霊。
春になれば白くて小さな花を咲かせ、秋にはたくさんの橙色の実を鳥たちに振る舞った。


ある時、フーウェルナージュは人間の子供に恋をした。
とても離れた牧場の、末の息子に。
大地の下を長くのびたフーウェルナージュの根に、少年が牧場でつまずいたとき、
フーウェルナージュは恋に落ちたのだ。


フーウェルナージュは遠くの森から 少年を想った。
フーウェルナージュは淋しかったが、それでも とても幸せだった。
フーウェルナージュは鳥たちと唄うのも、風乙女と話すことも忘れ、少年を想いつづけた。
フーウェルナージュはひとりぼっちになったが、それでも とても幸せだった。


しばらくたって、
フーウェルナージュに幸運が訪れた。

フーウェルナージュの少年が、
父親の狩りのお供で 光あふれる森へとやってきたのだ。


少年と父親は、フーウェルナージュの枝の下で休み、
少しして、父親だけが森の奥に入っていった。
フーウェルナージュは嬉しくなって、少年のために季節はずれの花を咲かせた。

突然の白い花に少年は驚いたが、きっと森の贈り物だと思い、とてもよろこんだ。
少年の喜ぶ顔を見て、
フーウェルナージュは、自分は世界一幸せな木だと思った。

しばらく少年と過ごすうち、
フーウェルナージュは、自分は世界一不幸せな木だと思った。
いつかは、少年が牧場に帰ってしまうことに気がついたからだ。
フーウェルナージュは、いつまでも少年をとどめておきたかった。


少年が帰ってしまう前にと、
フーウェルナージュは大急ぎで花を散らし、たった一つ 大きな大きな実をつけた。

その実は、森の禁忌の魔法。
赤く大きなフーウェルナージュの実は、食べた者の魂を眠らせる。
眠りについた魂は、その場に囚われ動けない。

フーウェルナージュは、実のなった枝を、そっと少年の前にたらした。
少年はよろこんでその実をもいだ。


しばらくして、少年の父親が狩りから戻った。
少年が目を覚まさないのを知り、父親は 深く深く嘆いた。
父親は知っている限りの神に、息子を返してくれと頼んだが、
少年は目を覚まさなかった。

少年の父親は、魂の抜け落ちた息子の体を担いで、泣きながら森を後にした。


フーウェルナージュは少年を手に入れた。
少年の魂は永遠に フーウェルナージュの木の根本から、離れることはないのだから。

フーウェルナージュは、再び幸せになった。
そして 再び、不幸になった。


フーウェルナージュは知った。
自分が愛していたのは、生き生きと牧場を走り回る少年だったことを。
自分が愛していたのは、小さな太陽のようにほほえむ少年だったことを。
けれどフーウェルナージュの少年は、眠りの海に落ちたまま、未来永劫 笑わない。
フーウェルナージュは、フーウェルナージュの愛を失った。



風乙女たちが梢をゆらし 木の精たちと語り合う 光あふれる森の中。
今も フーウェルナージュはそこにある。
けっして目覚めることのない 魂の骸を抱いている。

春になれば白い小さな花を咲かせ、一時も待たずに散らしてしまう。
フーウェルナージュは実をつけぬ。
未来永劫 実をつけぬ。




「………とてもかわいそうな木のお話ね」
 ため息をついて、少女は言った。
「とても欲張りな木のお話ですよ」
 吟遊詩人はやんわりと微笑んだ。
「どうして?」
 少女は首をかしげた。
「かれはひとりぼっちだわ、これからずうっと。それって、とってもかわいそう」
「フーウェルナージュは、考え無しに次々とほしがったから、だから全てをなくしたのです」
「あら」
 少女は言った。「恋ってそういうものだわ」

 少女の大人びた言い方に、吟遊詩人はまた微笑んだ。
「…フーウェルナージュの花が咲くところを見た旅人は、幸せになれるという言い伝えがあります」
「すてきね」
「けれど、花が散るところを見てしまうととても不幸になるそうです。なんでも、もう二度と咲いたところを見られないだろうと思って、悲しくて心が壊れてしまうとか。」
「-----それでもいいわ、わたし。…その木を見てみたい、花の咲くところを。」
 少女は自分に言い聞かせるように言った。

「もう一度、聴かせてくれない?」
 少女が吟遊詩人にねだる。

  吟遊詩人は微笑んで、リュートの弦をやさしく弾いた。